100メートルの桃源郷
魚を捕る事が目的でないのに
山歩きだけは満足できない。
何かに取り付かれたように、
フライロッドをもって渓流を徘徊する。
なんのためにフライをしているのかな
などと思ったりすることがあります。

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そのわずかな空間と時間のなかで、
  僕はなにか夢のようなものを見たがっているというのだろうか。
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これは湯川豊さんのエッセイ集
『夜明けの森、夕暮れの谷』に収められた一編
『100メートルの桃源郷』の最後の一文です。

フライをする人はみな、
夢のようなものを見たがって、
渓流に吸い込まれていくのでしょうか?
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by seiyoukebari | 2006-01-27 20:25 | いろはにほへと | Trackback | Comments(0)
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